絵画の価値。
旅行中に、倉敷で大原美術館というところに入った。
個人レベルで創設された、古い美術館。
娘達は、やはり興味なし。
漫画が好きなら絵画にも興味がある、というわけではないらしい。
私なら、自分にはこれが描けるか、という観点で見てしまう。
ただ、そこで思うのは、描く気になれるのか、ということ。
絵画の価値って何なんだろう、と考えてしまうのである。
求めるものが写実性なら、写真には叶わないだろう。
かと言って、抽象的になりすぎると、一般人には理解できない。
いろんな画風があるが、私には理解できないものが多い。
ピカソの「頭蓋骨のある静物」という絵画もあった。
本か何かで見たことのある絵だ。
戦争に対する抗議の意図が込められているのだと言う。
しかし私には、絵画としてのこの作品の良さがわからない。
価値というなら、価値はあるのだろう。
ピカソという人間が、ある時期にある意図を込めて描いたという。
それは背景ではあるかもしれない。
それでも、絵そのものの価値ではないだろう。
この絵を単体で見て、「いいな」と思えるかどうか。
私には、その良さがどうしてもわからないのである。
凄い人が描いたとか、凄い技法があるとか、斬新であるとか。
いろいろあるのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。
高度な芸術は一部の人にしかわからないというのは嘘だと思う。
それは、内輪受けでしかない。技法は必ずしも芸術ではない。
誰の目にも、文句なしに凄いと思わせる何かが、真の芸術だろう。
そうでないものは、マニアックな作品ということになる。
芸術は昔から権威と深く結びついてきた。
それは必然であったが、芸術を曲げる役目も負ったのではないか。
今の時代は、絵画から漫画まで、絵を描く人は多い。
その中には、絵そのものの価値なら高いものは沢山あるだろう。
それらとどれだけの違いがあるのか、と思うと理解できない。
歴史や時代性もあると言われても、理解できないのである。
商業作品としては、「売れれば勝ち」、という考え方がある。
しかし、浪費されて終わり、後世に残らないものもある。
それは、作品の質ばかりが原因とは限らない。
扱われる媒体の性質によっては、そうなってしまうのだ。
昔から、陽の目を見ない名作があるのはわかる。
それでも、理解し難いものに価値が付いているのは釈然としない。
一部のコレクターにとって、非常に価値があるというのはわかる。
でもそれが、一般人にとって同じ価値があるとは限らないだろう。
それを、「価値があるんだよ~」と言って、見せられている疑問。
わかった風な顔で見ている人たちに対する疑問。
そんな疑問が、多く残ってしまったのだった。
あぁ、なんだ。子供達と、同じレベルということか。。



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