文化・芸術

May 06, 2009

絵画の価値。

旅行中に、倉敷で大原美術館というところに入った。
個人レベルで創設された、古い美術館。

娘達は、やはり興味なし。
漫画が好きなら絵画にも興味がある、というわけではないらしい。

私なら、自分にはこれが描けるか、という観点で見てしまう。
ただ、そこで思うのは、描く気になれるのか、ということ。

絵画の価値って何なんだろう、と考えてしまうのである。
求めるものが写実性なら、写真には叶わないだろう。

かと言って、抽象的になりすぎると、一般人には理解できない。
いろんな画風があるが、私には理解できないものが多い。

ピカソの「頭蓋骨のある静物」という絵画もあった。
本か何かで見たことのある絵だ。

戦争に対する抗議の意図が込められているのだと言う。
しかし私には、絵画としてのこの作品の良さがわからない。

価値というなら、価値はあるのだろう。
ピカソという人間が、ある時期にある意図を込めて描いたという。

それは背景ではあるかもしれない。
それでも、絵そのものの価値ではないだろう。

この絵を単体で見て、「いいな」と思えるかどうか。
私には、その良さがどうしてもわからないのである。

凄い人が描いたとか、凄い技法があるとか、斬新であるとか。
いろいろあるのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。

高度な芸術は一部の人にしかわからないというのは嘘だと思う。
それは、内輪受けでしかない。技法は必ずしも芸術ではない。

誰の目にも、文句なしに凄いと思わせる何かが、真の芸術だろう。
そうでないものは、マニアックな作品ということになる。

芸術は昔から権威と深く結びついてきた。
それは必然であったが、芸術を曲げる役目も負ったのではないか。

今の時代は、絵画から漫画まで、絵を描く人は多い。
その中には、絵そのものの価値なら高いものは沢山あるだろう。

それらとどれだけの違いがあるのか、と思うと理解できない。
歴史や時代性もあると言われても、理解できないのである。

商業作品としては、「売れれば勝ち」、という考え方がある。
しかし、浪費されて終わり、後世に残らないものもある。

それは、作品の質ばかりが原因とは限らない。
扱われる媒体の性質によっては、そうなってしまうのだ。

昔から、陽の目を見ない名作があるのはわかる。
それでも、理解し難いものに価値が付いているのは釈然としない。

一部のコレクターにとって、非常に価値があるというのはわかる。
でもそれが、一般人にとって同じ価値があるとは限らないだろう。

それを、「価値があるんだよ~」と言って、見せられている疑問。
わかった風な顔で見ている人たちに対する疑問。

そんな疑問が、多く残ってしまったのだった。
あぁ、なんだ。子供達と、同じレベルということか。。

Picasso

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